僕はかつて、フランス史上最高のヴァイオリン製作者であるニコラ・リュポの楽器を使っていた。しかし、故障が絶えず、遂にオープンを含む大修理に出す事になった。そして、オープンした楽器の内部を見て愕然とした。表板が悲惨なまでに損傷していたのである。
この楽器は、今は無き日本の歴史的楽器ディーラーの「飛鳥」で買ったのだが、主人の賀来(かく)さんは、偉大な「大人物」だったが、楽器については全く無知であった。しかし、大修理を経て音が良くなり、以来愛用していた。しかし、しょせんフレンチはフレンチ。イタリアンの甘い音色は出なかった。
江藤先生が、レッスンの時に、「僕はリュポを使っていたんだよ。ちょっと弾かせてくれ」と言われ、僕の楽器を弾いてくれた時は、本当に嬉しかった。
その後、モダン・イタリーの楽器を入手し、リュポは不要になった。しかし、こんなポンコツ楽器は、どこの店でも引き取ってくれない。その後、懇意にしている楽器店で、追い金50万円で、ニューイタリーの名器と交換してもらったのだが、僕のリュポは、いまだに売れていないらしい。
この店とは昔から懇意にしてもらっていたので引き取ってくれたが、普通の店では、まず引き取ってくれないだろう。
この店の今の社長さんが、僕のコルンゴルト日本初演を聴きに来てくれていて、「あの演奏、本当にあの楽器で弾かれたのですか?」という問いが、全てを物語っている。
ヴァイオリンは「魔性の楽器」であり、どんな楽器でも、必ず持ち主が現れると言われている。僕のリュポが、次なるユーザーの手に渡る事を、心から願っている。