この録音については、以前も書いた。フルトヴェングラーの「第九」の録音は、今まで十数種類がレコード/CD化されており、たぶん僕は、全てを聴いていると思う。
オーケストラは、ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、バイロイト祝祭管弦楽団、フィルハーモニア管弦楽団、ストックホルム・フィルである。
「バイロイトの第九」と言えば、1951年のEMI盤が昔から有名だが、十数種類も有る録音の中で、僕が好きなのは、1954年のバイロイト盤と、1942年のベルリン・フィル盤(この演奏は、断片ながら映像が残っているが、映像と音が同じかどうかは疑わしい。戦時中のナチスドイツ時代の演奏で、舞台の両側に大きなハーケンクロイツが有り、演奏後にフルトヴェングラーがゲッペルスと握手するシーンは衝撃的で、また、戦争で傷ついた聴衆の姿も映っており、全体的に何とも暗い雰囲気なのに対し、この1954年のバイロイト盤は、実に平和な、まさに真の「歓びの歌」になっている)である。「一つだけ選べ」と言われれば、僕は躊躇なく、この1954年のバイロイト音楽祭での録音という事になる。
正直言って、有名な1951年のバイロイト盤は、僕はあまり好きではない。まず、終楽章のテノールソロの前のコーラスの長い伸ばしで(フルトヴェングラーは特に長い)、コーラスが最後でクレッシェンドしているが、こんな事は事実上不可能だし、他のどの録音でも行われていない。恐らくディレクターがボリュームをいじったとしか思えない。また、猛スピードの終結の最後の音が半音低く、「第九」を何十回も弾いたオケマンとして言わせてもらえば、こんな事は絶対に有り得ず、変な編集で半音下がり、あとに取って付けたような拍手が入っているが、これも編集である。ライヴ録音で、最初に足音が入っているのは嬉しいが、録音をそのままレコード化するべきであったと僕は思う(なお、最後の音が半音低いのは、何十年も放置されてきたが、最近リリースされたSACDでは修正されているようである)。要するに、この録音の良さは、足音が入っている事と、音質が最も良い以外に、取柄は無い。
さて、この1954年のバイロイト音楽祭ライヴだが、他の録音と全く違う点は、過度に劇的にならず、アーティキュレーションの処理が緻密で完璧、四人の歌手もワグネリアンの名歌手が揃っており、特に、テノールが、何とヴィントガッセンなのである。もちろんコーラスも素晴らしい。
また、ティンバニの音色が他の録音と全く違い、タイミングも完璧。このティンバニを叩いているのは、後のカラヤン/ベルリン・フィルを支える事になる名ティンバニスト、若き日のテーリヒェンなのである。終楽章で、フルトヴェングラーの猛スピードの終結は有名だが、ここでティンバニをまともに叩けている録音は、これと、1942年のベルリン・フィル盤だけである。残念ながら、シンバルが少々遅れているが、録音ではあまり聴こえない。
さて、この録音、今までは、最低な音質の海賊盤しか無く、とても観賞用になるものではなかったのだが、最近になって、ようやく何とか鑑賞用になる音質のCDが発売されて、フルトヴェングラー・ファンの僕としては、嬉しくて仕方が無い。そこで、終楽章をMP3で公開するので、謹んで、お聴きください。
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭管弦楽団他
1954年バイロイト音楽祭ライヴ録音