ミトロプーロスと言っても、知らない人がほとんどだと思う。ギリシャ出身の名指揮者で、ニューヨーク・フィルで活躍したが、64歳の若さで、1959年に亡くなってしまった。
とにかく、まず、記憶力の凄まじさ。電話帳の見開きを、さっと見て、「誰それの家は何番だ」と言えたとか、リハーサルから本番まで、全て暗譜で、練習番号はもちろん、小節番号も完璧に覚えていたとか、コンサートでプロコフィエフのピアノ協奏曲第三番の演奏予定だったのだが、ソリストが急病で出られなくなり、どうしたかというと、ミトロプーロス自身がピアノソロを弾き、弾き振りで指揮も行った、といったような、信じがたいエピソードを持つ天才的な指揮者だったのだが、録音が少なく、特に、ステレオ録音が少ないために、忘れ去られていた。
また、僕が愛する作曲家、コルンゴルトの「交響曲」を、「素晴らしい」と絶賛し、「私が初演してやる」と約束したのだが、1959年に他界したため、これも流れてしまった。
名指揮者であったジョージ・セルが、ミトロプーロスの驚異的な記憶力について、ミトロプーロスは頭がハゲていたのだが、「あの脳みそが、彼の髪の毛を押し上げってしまったのだよ」と言ったというエピソードは有名である。
ミトロプーロスのステレオ録音は少ないが、やはり、代表作は、シェーンベルクの「浄夜」であろう。この曲は、最初は弦楽六重奏のために書かれて、その後、弦楽合奏に書き換えられ、それも1917年版と1943年版が有るので混乱するが(ちなみに僕が桐朋で弾いた時は、1943年版であった)、1917年版の録音は、これしか無いのではないか。僕個人としては、この方が好きである。
ここでは、その「浄夜」を紹介するので、謹んで、お聴きください。ミトロプーロスの驚異的な音楽性がフルに発揮された、永遠の、決定的名演である。
ディミトリ・ミトロプーロス指揮、ニューヨーク・フィル