僕は、チャイコフスキーの「白鳥の湖」を、こよなく愛しており、色々な録音、ビデオを持っている。しかし、なかなか満足できる上演の記録は無い。
そんな中で、僕が、特別に高く評価している上演が有る。このバレエ音楽は、同じチャイコフスキーの「くるみ割り人形」などと違い、オーケストレーションが書き換えられて、無駄な金管や打楽器などが追加されていたり、誰が書いたかわからない曲が追加されていたり、カットが有ったり変な繰り返しなど、もう散々な目に遭った曲である。
そんな中、もう昔だが、旧ソビエトのボリショイ劇場で、究極の上演が生まれた。それは、ユリ・グリゴローヴィチ演出で、アルギス・ジュライチスが指揮した上演である。グリゴローヴィチとジュライチスによって、無駄な改変などは全て排除され、まさにチャイコフスキーが意図した効果の全てが再現されていた。
僕は昔、両演出指揮者でボリショイ劇場が来日した時に、観に行ったのだが、当時は、ソビエトが軍事侵攻などで世界中から非難されていた時であり、会場の外では右翼の街宣車が大音量で抗議の演説を行っており、異様な雰囲気の中で上演が行われ、上演は素晴らしかったのだが、指揮のジュライチスは、上演中の拍手などを全て無視して演奏を続け、カーテンコールにも姿を見せなかった。暗い冷戦時代を象徴するような上演であった。
さて、ここで紹介する上演は、恐らく、グリゴローヴィチ演出、ジュライチス指揮ボリショイ劇場の上演の中でも、最高ではないかと思われる上演である。
まず、プリマ・バレリーナのオデット/オディールは、伝説の名バレリーナ、マヤ・プリセツカヤ。王子は、当時最高の当たり役とされていたボガティリィエフ。その他も、当たり役が揃っており、演出と指揮は、今更言うまでもない。おまけに、トランペット・ソロが、あのヴィルトゥオーゾ、ドクシツェルなのである。これ以上は考えられないドリームキャスト!
中でも、コンサートマスターのヴァイオリン・ソロ、ハープも素晴らしく、もちろんドクシツェルのトランペットは絶品である。それ以外でも、舞台、オーケストラ共に、しびれるような素晴らしさ。これ以上は考えられない。
この上演は1976年。プリセツカヤは、1950年代から、この役を踊っているのだが、昔のフィルムなどを見ると、全盛時のプリセツカヤは、もちろん素晴らしいのだが、オーケストレーションは目茶目茶で、「4羽の白鳥の踊り」が6羽であるなど、知らない曲も有り、オリジナルのプティパ/イワノフの振り付けとも違う部分が有り、もう滅茶苦茶で、とてもお勧めできない。
1976年は、プリセツカヤが「最後の輝き」を放っていた時代であり、この演出と指揮で、プリセツカヤの踊りが記録に残っているのは、極めて幸運であった。とにかく、プリセツカヤの「白鳥」は伝説と化しており、この上演は、史上最高の「白鳥の湖」であろう。もちろん、ライヴであり、聴衆の熱狂的な拍手など、ボリショイ劇場の生の雰囲気を、つぶさに味わえる。
特に見どころを挙げれば、第一幕で、白鳥たちが王子を歓迎する場面。音楽の素晴らしさは言うまでも無く、演出、舞踏など、全てが最高で、クライマックスでは、僕は何度見ても、涙が出てしまう。もちろん、「黒鳥のパ・ド・ドゥ」は言語を絶する素晴らしさで、これ以上は考えられないし、今後もこれ以上の上演は出ないであろう。
海賊ビデオなので、傷など無いではないし、画面も暗いが、とにかくカラーであり、記録が残っていただけでも、ありがたいと思う。
アメリカのアマゾンで調べたところ、DVDの残りが、現在4組との事。値段も手ごろなので、この記事を見た人は、絶対に、買って損は有りません。
それにしても、チャイコフスキーとは、何て素晴らしい作曲家なのであろうか!!
オデット/オディール:マヤ・プリセツカヤ
ジークフリート王子:アレキサンダー・ボガティリエフ
演出:ユリ・グリゴローヴィチ
指揮:アルギス・ジュライチス
ボリショイ劇場管弦楽団
トランペット・ソロ:ティモフェイ・ドクシツェル
1976年ボリショイ劇場におけるライヴ収録